2007年11月アーカイブ

第9週 野毛の文化に触れる(4) 並木直美先生

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人が惹かれる場所とは~「妖怪」「神様」をキーワードにして考える

怖くて、でもどこかおかしい「妖怪」「神様」の謎解きがなされました。妖怪と幽霊、妖怪と神様の違いなどを切り口にして、たくさんの妖怪、神様を紹介していただきました。「河童」に始まり「蓑借りババア」、「小豆洗い」、「山姥」、傑作な「アカ舐め」、「毛一杯」等など。昔の人びとの思いと知恵の一杯詰まった妖怪たちでした。命を育む自然と一体となって生きてきた先人達の営みを身近に感じることが出来ました。冬至の日の出に向かって立てられた神社のお話に感動しました。小さなアザ(字)にひとつずつあったという神社。その神社と共に成熟し広がっていった村々、街々。古代の日本人の街づくりにおける、思慮深さには本当に驚きました。でも一方で、そんな神社や神様を、政治や戦争に利用し、若者達を戦場に駆り出していった、愚かで悲しい歴史のあったことも思いました。

もっともっと、たくさんの妖怪と神様に会いたくなりました。野毛地区にもまだ、きっと妖怪たちはたくさん居るはずです。そんな妖怪たちが棲める街づくりを目指したく思います。今、野毛は国の認定をいただき地域資源を活用するプロジェクトに取り組んでいますが、目には見えないけれど、忘れてならない本当の地域資源のあることを学んだ一時でした。

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天職とは何か~大衆芸能を支えた人たちとその生き方~

秋山先生のお話を聞きながら、亡くなったセンターグリルの親父さんのことを思い出していました。パイプをくわえ、バイクに乗って80歳近くまで出前に駆け回っていた、あの野毛の名物親父です。

「商売で儲けるにはね、信者をつくっちゃうことが一番なんだよ。儲けるって信者って書くでしょ。」

これが口癖の親父でした。秋山先生の「職業外伝」に描かれている人物に共通していたのは、人へのやさしさと気遣い、そして、自分の職に対するゆるぎない信頼でした。勿論、そこに至るまでの紆余曲折は、皆人一倍在った事でしょう。不思議な縁で出合ったそれぞれの手の技を愛して生きる様は、そこで成仏しようとする菩薩を見る思いでした。「お空の雲をつくって!」と障害を持った少女の無邪気な注文を、「一番うれしくて、悲しかった注文」と述懐する飴細工師。亡母の死の床に隠されていた、自分名義の香典袋に号泣する無頼の真剣師。100歳を越えてなお、家事一切を自らこなしながら、嬉々として製作に励む能装束師。500年も使い続けられる装束にこめる思いの雄大さに圧倒されます。

お客様の注文(願いと期待と信頼)に応えることで成り立つ職は、単に「かせぎ」のため、だけでは説明がつきません。信じたらぶれない。たとえ、間違ったとしても騙されたとしても、なお自身の役割を信じきって生きる人びとが、「絶滅の危機」に瀕しつつも居てくれる安堵を覚えました。

楽屋です

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総鏡張りで明るく、びっくりです

舞台袖はこんな感じです

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出番の緊張が伝わってきます

ロビーも明るく、広々しています

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壁面を良く見ると、大変おしゃれです。

B1のシャーレは多目的スペースです

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映画の上映会、勉強会、飲食も出来るのでパーティもできるし、最近はプロレスの興行もあるとか。

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横浜にぎわい座の裏を巡る   森井健太郎先生ほか にぎわい座スタッフの皆さん

にぎわい座の隅々を見させていただきました。一言で言えば、「力ある施設」。にぎわい座には、寄席の常設館としての誇りと、緊張感が漲っていました。落語は噺家の話芸と三味線、絞め太鼓、鉦など、全て音の世界です。聞く人の想像力を如何に引き出して行けるのかが、噺家の力量なのでしょう。それを助ける施設「にぎわい座」の舞台はすがすがしい程、清潔でシンプルでした。前座さんは三年もかけて座布団の返し、羽織のたたみ方、出囃子の鉦、太鼓等など、きっと、行儀作法まで学び、あの舞台に上がるのでしょう。身近にこんなすごい所が在ることに改めて驚き、野毛はすごいなと、我乍ら思い知らされました。

布目英一先生

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悪所に人が集まり、人が集まればそこに娯楽が生まれます。当時の横浜の演劇は東京をしのぐ勢いがありました。

にぎわい座 シャーレにて

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森井副館長のご挨拶と講師紹介

なぜ、ここににぎわい座?

いまだ、干拓も埋め立ても充分でなかった、横浜村に港を開港し街を大急ぎでつくったどたばたが伝わってきました。辺鄙な場所にでも人を引き寄せるには、手っ取り早く「悪所」ですか。猥雑なんて言葉がありますが、「悪所」なんてずばり言われたらもうすっきりして、かえってすがすがしいくらいです。「先ず、遊郭をつくれ。」だなんて、外交官のハリスもふざけた男ですよね。やはり、力関係が影響したんですかね。

だいたい、「悪所」なんてところに人が集まるのは、「悪事」をはたらくためで、悪事をはたらく人を「悪人」と呼ぶわけで、そもそも、横浜の街づくりのルーツは「悪所と悪事と悪人」だったなんてことだったら、これから、野毛の街づくりで「まちなかキャンパス」をやっていく上で、文部科学省の認可をもらうために「健全な悪所を目指して」なんてことになったら、もう何だか訳がわからず頭がちんぷんかんぷん。それにしても、人寄せの悪所として「遊郭と金比羅さんと芝居小屋」なんて人は本当に面白いことを思いつくものです。

馬車道の「富竹亭」は豪壮ですてきでした。アニメの「千と千尋」の湯やのモデルだったんじゃないかと思えるほどです。明治の半ばから大正のおわりまで、伊勢佐木町を中心に14軒もの芝居小屋が軒を連ねる様はさながら、ブロードウエイのよう。芝居を中心とした大衆芸能が、きらびやかに花開いた時期だったようです。当時の庶民は結構豊かだったんだなあ。「豚や火事の大火」「関東大震災」「横浜大空襲」など大災害を経て今日の文化芸能に引き継がれていることを思うと感慨もひとしおのものがあります。

いやあ歴史はおもしろい。

新しく覚えた単語 1)お膝おくり 2)ハンケチ芝居