2008年10月アーカイブ

第04週 野毛の街と商いを知る(4)

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実際に街を歩いてみよう(まちなかガイド付きツアー)

講師 半澤 正時先生(郷土史家)

本や映像、そして、人から聞いて知っていることに肉付けしてくれるのが原体験。街歩きはそのための最適なプログラムです。博覧強記とは半澤先生のためにある言葉かもしれません。もう70歳を過ぎた年齢とは思えないほど、かくしゃくと先頭を切って案内していただきました。にぎわい座の以前が、横浜中税務署であったことは、街の誰でもが知っていることかもしれませんが、もともとは若い藩士たちの学問所、その後、戊辰戦争の折の病院として利用され、後の東大病院の前進になったとのこと。そして、その後は、外国人の受け入れ施設を経て、税関関連施設から税務署までたどったことなど、驚きの連続でした。また、日の出町のトンネル脇の天神坂の碑のいわれは、吉田新田を造成するため山を崩し土を運んだ跡地の記念として建てられたとのこと。どんなドラマがそこに込められていたのか、興味は尽きず想像は膨らむばかりです。野毛には個性的なお店がいっぱいですが何と、その名物メニューの紹介までしていただきました。

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第03週 野毛の街と商いを知る(3)

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野毛あきんど座談会~この街で生まれて育って、商って~

講師 金久保 久雄(果実店店主) 半澤 正時(郷土史家)
   諏訪 恵一(マルス工芸社長)  藤澤 智晴(飲食店店主)

座談会はどっちに転んでいくのか分からないのが持ち味。案の定、自己紹介の筈がのっけから本題突入。戦後の混乱期、闇市に立つ人は、かつての、今で言うセレブ達。肩書きも地位もなくなり、世の中がひっくり返ってしまった。何に価値があるのか?金は新円の切り替えで紙くず同然。さらばモノならばと、かつぎ屋に日本軍の隠匿物資、自作自演の進駐軍の横流しと摘発。何がなにやら何でもござれの露天・闇市。下手に警官が踏み込めば寄ってたかって半殺し。もうほとんど無政府状態。国も会社も、軍隊も警察も、誰も守ってなどくれるはずもなく、頼れるのは自分のうでひとつ。そんな日常がかつての野毛の闇市。貪欲にモノを集め、働き、豪快に遊び、いつまでもこれが続いていくものと夢に見つつ、死んでいったあのオヤジ達。あの頃、確かに街は生き物だった。

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第02週 野毛の街と商いを知る(2)

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繁華街・野毛の昭和史 戦後の歩みを中心にして

講師 小林 光政先生(郷土史家・野毛地区街づくり会 元会長)

おなじみの「横浜にぎわい座」の地下ホール「シャーレ」という名称で、普段は落語や演劇、また時にはプロレスの興行まで行われるという個性的な会場です。

授業のテキストとして準備されたのは「野毛界隈一」と題された小冊子。これは、昨年10月に「野毛大道芸」が地域の観光資源として新しく国の認定を受けた際に作成された、野毛の歴史と施設の紹介を網羅した小冊子です。これを詳しく読んでもらえれば、野毛通まちがいなしの虎の巻です。

講義の中心は何と言っても戦後の闇市の風景と人々の生き様です。靴が片方でも、タバコの吸殻でも、米兵の食べ残しの残飯でも、何でも売ったし、何でも売れた時代。でも、そこで売るための創意と工夫は勿論、すれすれのところでしたたかに生き抜いた人々のたくましさには驚かされます。中学生が大人顔負けの商いをしていたのですから。

野毛の将来に向けての質問に答えて先生は

1) みなとみらい地区との共生
 インベーダーと弥生民族・街の歴史と文化による価値の提供
2) エコへの対応
 LRTなど新交通の導入
3) 個性が発揮される町並みの復活
4) 新商品の開発
5) 桜木町駅のターミナル性の復権

など、並々ならない野毛への思いを述べておられました。若い世代に何とか引き継いでもらいたいと思います。

今回の授業では、横浜商科大学の学生諸君に加え、関東学院大学の建築学科3年女子4名の参加がありました。担当の教授から、野毛をテーマに課題が出され、その関連で来場されたとのことです。続けてきてくれることを期待しています。

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第01週 野毛の街と商いを知る(1)

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横浜開港と野毛の成り立ち

講師 西川 武臣(歴史学博士・横浜開港資料館調査研究員)

今年の第一回目の講義会場は「お不動さん」の名称で、地元で親しまれている「成田山 横浜別院」の本堂です。山の下の「亀の池」から100段階段を登って正面が会場です。

トップを切って到着したのは商大の男子学生。普段とは勝手が違うのか、少々緊張の面持ちで本堂に入っていきました。続けて社会人学生、おじさん、おばさんの登場、にわかに活気付きます。5時半前には予定した30席はほぼ満席。2008年現代版「寺子屋・野毛まちなかキャンパス」は定刻、開講されました。教室として開放された本堂脇の座敷の最後尾の席には、成田山の若いお坊さんの姿もあってとても新鮮です。

授業では西川先生のテンポの良いお話に一同どんどん引き込まれていきます。堤家文書を通し幕末から明治維新の時代に横浜で生きた実業家・堤磯右衛門の生涯の一端に触れることができました。横浜市南区万世町に堤が建てた「日本初の石鹸工場」とはどんな工場だったのでしょう。中村川沿いの三吉演芸場のそば、とのことですが今では想像もできません。堤磯右衛門に事業資金を貸し付けた野毛方面の古老・手塚利三郎翁のお話も痛快です。吉田新田を造った吉田勘兵衛の祖先も手塚家を頼って移住してきたとの記録もあるようで、開港時の野毛の活気が伝わってきます。

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