第01週 野毛の街と商いを知る(1)

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横浜開港と野毛の成り立ち

講師 西川 武臣(歴史学博士・横浜開港資料館調査研究員)

今年の第一回目の講義会場は「お不動さん」の名称で、地元で親しまれている「成田山 横浜別院」の本堂です。山の下の「亀の池」から100段階段を登って正面が会場です。

トップを切って到着したのは商大の男子学生。普段とは勝手が違うのか、少々緊張の面持ちで本堂に入っていきました。続けて社会人学生、おじさん、おばさんの登場、にわかに活気付きます。5時半前には予定した30席はほぼ満席。2008年現代版「寺子屋・野毛まちなかキャンパス」は定刻、開講されました。教室として開放された本堂脇の座敷の最後尾の席には、成田山の若いお坊さんの姿もあってとても新鮮です。

授業では西川先生のテンポの良いお話に一同どんどん引き込まれていきます。堤家文書を通し幕末から明治維新の時代に横浜で生きた実業家・堤磯右衛門の生涯の一端に触れることができました。横浜市南区万世町に堤が建てた「日本初の石鹸工場」とはどんな工場だったのでしょう。中村川沿いの三吉演芸場のそば、とのことですが今では想像もできません。堤磯右衛門に事業資金を貸し付けた野毛方面の古老・手塚利三郎翁のお話も痛快です。吉田新田を造った吉田勘兵衛の祖先も手塚家を頼って移住してきたとの記録もあるようで、開港時の野毛の活気が伝わってきます。

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